住むところと学校(2)

 

住むところとしては、学区内にたまたま新築されたアパートを見つけることができた。

アメリカの住居の間取りは、ベッドルーム数とバスルーム(シャワーとトイレ)数で表される。基本的には家族一人または夫婦がそれぞれの寝室とバスルームを持つという感覚があるようだ。一つの家を数人あるいは複数の家族でシェアすることもよくあるからだ。リビングルームとキッチンは必ずあると考えてよいので、例えば3ベッド/2バスと言えば、リビング、キッチン、寝室3つ、バスルーム2つということ。日本的には3LDKに近いが、当然ひとつひとつの部屋は日本よりも大きめだ。ちなみに独身者用の1ルームアパートは、studioと呼ばれる。私たち家族が最初に入居したのは2ベッド/1バスというもの。冷蔵庫やグリル、オーブン、電子レンジ、食器乾燥機と、エアコン、洗濯機と乾燥機が備え付け。キッチンの大物家電はたいていどこの賃貸物件でもついている。エアコンや洗濯機は物件による。実際問題エアコンはほとんど必要ない。

 

私たちが入居した2001年夏はアパートの家賃相場がまさにピークを迎えていて、ゆったり広々とはしているものの日本的に言えば所詮2LDKのアパートが月に$1,8002,800ほどもした。ちなみにうちの家賃は$2,250だった。当時1ドル120円くらいだったので、月27万円!である。そんなに家賃を払うのなら、一軒家を買えるのではと考えたくなるが、家賃が高いということは、それだけ家の値段も高いということで、これがベイエリアに暮らす場合の最大の問題だと思う。エンゲル係数ならぬ、スンデル(住んでる)係数といったところだろうか。収入に占める住居費の割合が非常に高くならざるを得ない。さすがにその後下がってはきたが、まだまだ高い。ただ契約前に収入を示す多少の書類提出は求められるものの、突然日本からやって来た英語もあやふやな外国人でもポンと部屋が借りられるあたりは、さすがアメリカである。日本では外国人であるというだけで入居を断られることが多いという話を以前聞いたが、今はどうなのだろうか。

 

多くのアパートには管理人が常駐しているオフィスがある。こちらではアパートを探すのに不動産業者を使うことはほとんどない。インターネット検索や、実際に希望の地域を見て回って空室のあるアパートを見つけたら、直接オフィスに飛び込んで管理人に部屋を見せてもらったり、その場で契約を始めたりすることができる。

さて、2002年になって異常な家賃相場がかなり下がってきた。とは言っても全国的に見ればなお異常な高水準であることに変わりはなかったが。アパートは6ヶ月とか12ヶ月とかのリース契約の場合が多く、その期間は家賃が変わらない。しかしインターネット等で家賃ウオッチしていると、周辺の相場がかなり下がってきたことがわかった。同程度の物件が$500以上も安く見つけられるようになったので、うちも下げてもらえないか、ダメもとで交渉してみることにした。まわりがこれだけ下がっているので、もしうちの家賃が変わらないなら引越しも考えなければならないと伝えてみたが、答えは予想通りノーだった。

 

そうこうしているうちに、よさそうな物件を見つけた。同じ学区内で3ベッド/2バスのタウンハウスである。タウンハウスというのは、アパートよりはかなり一軒家に近い雰囲気の集合住宅で、2軒から4軒がくっついた長屋みたいな形式の家がいくつも集まって小さなコミュニティを形成しているものである。共用のクラブハウスやプールもあったりする。その家のオーナーはかなりのお歳の夫婦で、業者もインターネットも使わず、家の窓にFOR RENT(貸します)のサインを出していただけだった。私たちはインターネットで見つけた同じエリアの別の物件を見に行こうとして、偶然それを発見したのである。聞けばその家は27年前に投資用物件として購入したもので、長く住んだテナントが3ヶ月前に出て行ったとのこと。子供たちも含めて一軒家風のつくりが気に入り、それまでより一部屋増えるにも関わらず、家賃は$500も安い$1,750でよいとのこと。大家さんも網戸の補修等、細かい注文にも快く対応してくれたので、引越しを決めた。アパートからは、リース期間終了前に退去するとペナルティとして1ヶ月分を取られるが、これは家賃の差額で5ヶ月以内に回収可能である。

 

おもしろいことに退去を伝えた後何日かして、アパートの管理人オフィスから、こちらの希望どおり値下げするのでそのまま住みつづける気はないかとの提案を受けた。先の大家さんと契約した後だったし、心はもう新しい場所へ飛んでいたのでこの話はお断りした。最初に聞いたときにそう回答してくれていればそのまま 住み続けただろうし、その結果現在の物件を見つけることもなかっただろうから、うちにとっては最初に断ってくれてよかったとも言える。実はその頃(2002年)、いわゆるドットコムバブルの崩壊を受けて、多くのアパートが空室を埋めるのに苦労し始めていたのである。

 

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