もやもや病 学校復帰!

 11月28日(日)に退院してから3日後の12月1日(水)、スタンフォード病院で最初にDr. Steinbergといっしょにこたを診てくれた婦長さんみたいなナースとアポイントメントがあり、両親でこたを連れていきました。その方の肩書きはNurse Coordinatorでした。ナースといっても、その振る舞いはドクターのようです。これは要するに退院後のフォローアップで、こたの基本的なfunctionをチェックして、その他何か問題はないかを確認するというものでした。この日はDrには会いませんでした。こたは退院後も時おり多少の頭痛に悩まされていましたが、だんだんよくなっているようでもあり、家でもんもんとしているのがあまりにも退屈なので、学校に行きたいと言っていました。学校もOK、運動も本人がだいじょうぶだと思ったら再開していいとのことでした。そこで次の日から学校に行かせてみることにしました。2回目の手術からは8日目、日本だったらまだ入院しているかも知れませんが、こちらでは当初から手術1週間後から学校に戻れるでしょうとのことだったので、まあ試しにやってみて様子を見ようと思いました。

 学校に戻るにあたって、校長と担任の先生宛にまた手紙を書きました。こたにまだ頭痛が起きるので、痛み止めを携帯させたいこと、TIAで脱力発作を起こす可能性があること、その場合でも通常は数分で回復するのでとりあえず座らせて様子を見てほしいということと、何かあればとりあえず妻の携帯に、もしつながらなければ私にという順で連絡して欲しいこと、さらにもしも意識をなくしてまったく反応しないようだったら救急車を呼んで欲しいといった内容を書きました。その後学校のナースから連絡があり、子供が服薬を必要とする場合、基本的には保健室で預かって、必要な場合はナースの監視下で飲ませるのがポリシーだとのことでした。ただしこたの頭痛の場合は1分でも早く飲んだ方がいいし、本人も何をどう飲むかわかっているからと言ったところ、だったそのためのフォーム(書類)があるので、それに病院で必要事項を記入してもらって送ってくださいとのことでした。なので学校で書類を受け取って、病院へ持って行き、記入後学校宛てにFAXしてもらうようお願いしました。本人が何をどれだけ飲めばよいのか説明を受けて、ちゃんと理解しているということを保証するものです。これは翌日には済んで、こたは痛み止めを携帯して、必要な時には自分で飲めるようになりました。

 まだ体育は自信がないというので、体育の時間だけは本を読む等のいわゆる自習にさせてもらいましたが、最初の2日、木曜金曜と、無事に過ぎました。翌週の月曜火曜も無事に過ぎたのですが、事件は水曜日、こたが復学してから5日目に起こりました。

 12月8日(水)、午前11時40分過ぎ、これからランチタイムを迎えるという時です。アメリカの小学校では、学年ごとに多少時間をずらしながら、体育館兼食堂(多目的ルームとよんでいますが)に移動してランチを取ります。持参のお弁当または学校が提供するランチ(ピザやホットドッグ、チーズバーガーと、サラダやミルクでこたの学校では1食2ドル)です。教室からの移動中、こたが大き目のTIAを起こしました。足の脱力とともに一瞬意識が遠くなり、歩けなくなりました。幸い先生が見ててくれていたので、すぐに支えてくれたようです。それはいつものように数分でおさまり、こたはもう大丈夫と言ったらしいのですが、先生はそういった発作を初めて見たこともあり、当然ながら保健室に連絡し、そこからさらに妻に電話が来ました。これは私たちがお願いした通りの手順でした。すぐに妻が駆けつけ、こたを引き取ってその日は 念のためそのまま家に連れ帰ることにしました。その間に学校は、学区全体を管理するオフィスのナース(スクールディストリクトナースといいます)に連絡しました。そのナースから私の携帯にも連絡があり、私はこたがTIAを起こしたことを知りました。さらに、手術後の子供を学校に復帰させるにあたっては、ドクターからのちゃんとしたレターが要るのだと言われました。病院からOKをもらったから、こたを学校に行かせているんだと言いましたが、納得してくれませんでした。さらに後で担任の先生から聞いたところによると、このナースはこたの病気についてまったく把握していなかったので、担任の先生になぜ救急車を呼ばなかったのかと問い詰めたようです。先生は私の手紙に様子を見るようにと書いてあったのでそれに従ってくれたのですが、そのナースはドクターではなく親からの指示では納得しかねたようです。まあそれもそうかも知れませんが、この病気の場合、いちいちTIAのたびに救急車を呼んでいたら、正直言ってきりがありません。

 翌日、こたは別に元気だったので、また学校に行かせました。ただ前日の騒ぎがあったので、校長先生に一応挨拶しておこうと思いオフィスに寄ったところ、偶然担任の先生が現れました。そこで昨日はありがとうございましたと言って、今日はだいじょうぶなのでまた・・・と言おうとしたあたりで、ちょっと校長といっしょに話しましょうと言われ、校長のオフィスに行きました。そこで校長から、病院からこたの復学を許可するレターを受け取るまでは彼を受け入れるわけにはいかないと言われてしまいました。私がいくらドクターからOKをもらっていて、ああいった発作は予測されたことでだいじょうぶなんだと言ってもだめで、それが学校のポリシーだからと。朝は通常私が子供たちを学校まで送り、落としてそのまま仕事に向かうのですが、この日は前日のお礼を言うため妻も別の車で来ていました。そこでその日は妻がそのままこたを連れて帰りました。私はそのまま一応仕事に向かいました。こちらとしては、最初の入院前から何か必要な書類はあるかと確認して、特にないと言われていたし、手術はいつといつで、どれだけ学校を休んでいつごろ学校に戻りそうかも事前に知らせていたし、実際に退院後、学校に戻った時にも頼まれもしない手紙を詳しく書いて渡していたし、だいたいそんなポリシーがあるなんて一言も聞いていなかったのに、発作を見たとたんにポリシーだからなんて言い出されるなんて ちょっと頭にくるわけですが、初めてTIA発作を見ると心配になるのはよくわかりますし(逆に見ないうちは何でこちらがしつこく言うのかわかってもらえませんし)、まあ病院からレターを書いてもらいさえすればいいとのことなので、先日薬の件でレターを出してもらったばっかりなのですが、再度病院にお願いすることにしました。幸い病院の方は文句も言わず、翌日にはなりましたが、手紙を学校にFAXしてくれたので、こたはまた、学校に戻れることになりました。

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