もやもや病 第1回手術

 以前も書いたとおり、もやもや病の手術は通常2回行われます。1回目の手術を翌日に控えた11月11日(木)の午後4時、それまで日程調整等してくれていたScheduling Coordinatorに電話してみました。前日に連絡すると言われていた、当日(明日なのに!)の来院時間をまだ聞いていないからです。すると、多分朝6時(!)になると思うけれど、最終的には夕方5時以降に、麻酔科の方から電話があるはずなので、それを待ってくださいとのことでした。実際にその電話が来たのは6時半で、翌日の時間は予定通り朝6時とのことでした。なぜこんな直前にならないと決まらないのかですが、おそらくあらゆるエマージェンシーの可能性を考慮して、前日の5時までは翌日の予定を最終決定しないのだと 思います。緊急の外科手術が入ると、当然麻酔医も駆り出されます。外科医はそれぞれ手術の専門がありますが、麻酔医は基本的にどんな手術にも対応するでしょうから、担当が最もフレキシブルなのではないでしょうか。従って、翌日のどの手術にどの麻酔医を充てるかは、毎日夕方に一段落してから最終決定するのではないかと推測しています。

 11月12日(金)、1回目の手術当日。前日の真夜中以降は食べ物なし、当日朝4時半以降は水も飲まないようにとの指示なので、こたは4時半に起きて、とりあえず水を飲みました。5時20分に 車で家を出発、5時50分に病院到着。受付等終えて健康状態をチェックした後、6時半頃病院のパジャマに着替え。移動式ベッドの上でしばらく待つ。 この間にも、手術に立ち会うというナースや麻酔医などが順番にやってきて、一言二言かけてくれます。6時50分に麻酔導入用のシロップを飲みました。こたはとても落ち着いていました。7時に麻酔医とナースに連れられて廊下を移動、手術室に通じる通路の入り口で いったんお別れです。 全部終わって呼ばれるのはおそらく午後1時頃になるでしょうとのこと。ベッドに乗ったまま自動ドアの向こうに運ばれていくこたを、ドアが閉まるまで見送りました。 親としてこの瞬間はちょっとつらいものがありました。

 ほどなくsurgical coordinatorというスタッフがやってきて、最初の受付のところから、待合コーナーに案内されました。そこでpager(ポケベル)を受け取り、あとは呼ばれるのを待つだけなのですが、このsurgical coordinatorは待機している親や保護者と手術室との連絡を取り持ってくれます。頼めば手術室に電話してくれて、進行状況などを教えてくれる、大変ありがたい存在なのです。こたの手術は麻酔や各種の準備を含めて全部で6時間くらいかかる予定だったので、4時間くらいたったところで一度確認してもらいました。すべて順調に行っているとの言葉を聞いて、ずいぶん気持ちが落ち着いたものです。

 またその直後に、こたの担当になったというソーシャルワーカーという人がやってきて、何かわからないことやつらいこと、困ったことはありませんかと聞かれました。このあたりのケアはいろいろと行き届いているなあと思います。待合コーナーは病院内の通路の一角を広げて作ったオープンなスペースですが、それ以外にParents Loungeという部屋もあります。その中にはキッチンやいくつかの仮眠室などがあり、荷物を入れておけるロッカーもあったので、こたの服を入れておくため、そのロッカーをひとつ手配してもらいました。

 今回、娘は学校の後、おともだちのお母さんにピックアップしてもらってそのまま夕方まで預かっていただく予定なので、妻が、こたが麻酔から覚めた後に食べたり飲んだりできそうなものを 持ってお昼前に合流しました。

 午後1時過ぎ、Dr. Steinbergがにこにこしながら待合コーナーにやってきました。手術は無事終了。ただし、レシピエント側の血管が細すぎたために予定していた血管バイパス、いわゆる直接吻合 (STA-MCA) はあきらめ、間接吻合 (EDAS)という方法 に変更したとのことでした。今回は右側でしたが、次回の左側については、開けてみなければわからないとのこと。こたはあと1時間半くらいでICUに移るでしょうと言われました。

 その後1時間40分ほどたっても呼ばれないので、surgical coordinatorに確認してもらいました。するとこたはとっくにICUに移されているというではありませんか!ICUのナースがsurgical coordinatorに連絡するのを忘れていたそうで、ちょっとむっとしそうになりましたが、とにかくこたを見に行きました。幸いまだ眠っていて、私たちが行くと目を覚ましました。すぐにのどが渇いたと訴えましたが、しっかり目を覚まさないとだめとのことでなかなか飲ませてもらえません。そうこうしているうちにまたうとうとして、2時間ほど眠りました。 ナースは患者二人につきひとりの割合で常時ついていますが、それ以外にも予備みたいな人が多少いて、席をはずす場合や休憩時に代わってくれたりします。ここでは7時から7時の12時間勤務を3日間連続でやって、その後3日くらい休むといった感じのスケジュールなのだそうです。特にICUの場合、ひまな時間というのはあまりないので、12時間勤務というのは結構きついと思います。

 今回の手術では、右耳上部の少し前から上に向けて幅2センチ、高さ10センチほど髪の毛が剃られ、その中を8, 9センチほど、ほぼ一直線に切りました。閉じたあとはホッチキスで止めて、透明なシートでカバーされています。右手に2本か3本、左腕に1本、右足に1本、左足付け根に1本、合計5本か6本ほどもivラインがついています。糖分を含んだ生理食塩水と、血圧コントロールのためのnitroprussideとesmololという薬が点滴されています。手術中は麻酔のためにも使われたのでしょうが、他のラインはモルヒネその他の注射薬を入れたりするのに使われます。右手には動脈にも1本ラインが入っていて、血圧を連続的に監視。体には3箇所の電極がついていて、心拍数と呼吸数をモニター、さらに指先につけたセンサーで酸素飽和度みたいなものをモニターしています。

 午後5時40分頃に、Dr. Steinbergがレジデントをひとり連れて様子を見に来てくれました。こたに向かって、「You were so brave.  You will be OK」とかいった言葉をかけてくれた後、ナースに二言三言指示をして去って行きました。

 この直後、となりのベッドにいたベビーがやや緊張した状態になり、数名のドクターとナースがあわただしく動き始めました。 ナースから私たちもしばらく席をはずして欲しいと言われ、20分ほどICUの外に出ました。戻ったところ、その間に嘔吐しそうになったとのことで、水はまだおあずけです。胃に何も入っていないのだから何も出るものはないのですが、おそらく痛み止めで使われているモルヒネのせいかなと思います。こたはまた眠りました。

 夜7時、ナースのシフトの交代で、ここでも付き添い者は30分間外に出ていなければなりません。この間に妻は娘を引き取るため帰りました。7時半にICUに戻ると、こたはまだ寝ていて、8時過ぎに目を覚ましました。同時に頭痛を訴えますが、それよりも何よりも水か欲しい!このあとようやく氷のかけら(いわゆるcrushed ice)をもらいました。すこしずつなめて、全部で10個くらい。その後また眠りました。10時にまた目を覚まし、スプーンで水を飲んでから、アップルジュースも少し試してみましたが、いまひとつだったようです。またうとうとして眠りました。11時50分に、アスピリンを飲ませるために起こしました。アスピリンは血液をさらさらにする作用があるので、少量ですがこたは毎日飲む必要があります。この後また眠ったので、夜中の12時、こた父もいったん帰宅しました が、後から思うと、ずっとついててやればよかった。

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