製薬会社に入ったわけ

 

私は大学で応用化学という学科を専攻した。それは大学入試でたまたま化学系学科に合格したからだった。本当は電子工学、あるいは応用物理学科を志望していたのだ。第6志望まで欄があったので適当に埋めておいただけである。そんなわけで合格発表を見に行ったらびっくり、そんなこと書いたっけ?という化学系に自分の受験番号を見つけてしまったのだ。しかしせっかくもらった切符を捨てるのはもったいないので、そのまま入学することにした。これも何かの縁である。化学系といっても最終的にはさらに細かく分かれる。そこで私が有機化学を選んだのも、正直言って他の領域にはあまり興味が持てなかったから。有機化学がつまらなさが一番少なそうだったというわけだ。大学院修士課程へ進んだのは、このまま4年生から社会に出ても、化学者としては全く使い物にならないだろうと思ったから。博士課程まで行かなかったのは、化学そのものに対する興味だけで、修士の後さらに3年もの研究はできないと思ったからというかなり消去法的な選択をしてきた。

 

大学院の2年になって就職を考えた時、初めてやや能動的な選択をした。興味を惹かれたのは製薬会社だった。医薬品の研究は、どうも大学4年次から修士課程までの3年間で学んだ有機合成化学の知識と技術がそのまま生かせるらしい。そして通常合成化学者が担当し、薬になるかも知れない物質の化学構造を設計するという意味の「ドラッグデザイン」という言葉がとてもかっこよく響いた。さらにひとつひとつ異なる化合物の化学構造と、それらの薬理活性(薬としての効き目)とを比較検証する「構造活性相関」という言葉にも、しびれた。

そしてもしかしたら自分が設計、開発した薬で、将来の自分自身や大事な人たちが病気から救われるかも知れない。たったひとつでもすばらしい薬を作れば、同じ病気の世界中の患者が助かるかも知れないのだ。すばらしい仕事ではないか!

あれこれ考えた末、私の就職先は協和醗酵という会社に決まった。その頃はいわゆるバブル期で、多くの企業が多くの新卒を採用していた。学生が企業を選べる時代だったのである。当時の私が思いつく選択肢と言えば、大企業の社員か公務員の二つで、しかも大企業の社員しか考えなかった。従って、例えば小さなベンチャー企業に加わるとか自分でスモールビジネスを起こすとかいったリスキーな事は自分の選択肢とは到底考えられなかった。海外で働くなんてもちろん論外である。

 

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