変わらなければ

 

しばらく前になるが、前章で「変わることは悪いことではない」と書いた。その点を重ねて強調したい。世の中がかつてないスピードで変化しているからだ。1995年にインターネットが普及し始めるずっと前から既に、「パソコン通信やってます、メールアドレスはこれこれです」なんて言ってた人たちもいたが、これは いわゆる「オタク」的は世界だった。それがどうだ、今やメールアドレスのない人を探すほうが難しい。私がこんなウェブサイトを作ることだって、ほんの数年前(2000年 頃)には自分でも想像さえできなかった。

ちょうどその頃だっただろうか、テレビのCMでイチロー選手が「変わらなきゃ」と言っていたのをご記憶の方も多いと思う。本当にその通りだと思うのである。自分の信念みたいなものを持つことはよく推奨される。それが正しい信念ならよいのだが、それがちょっとおかしい信念だったらどうだろう。「信念を貫く」みたいなことは結果的に何かに成功した場合、賞賛されることになるが、実はそれって実際の事例としては「例外」であることの方が多いのではないだろうか、と思うのである。そして現代が変化の激しい時代だとすれば、「正しいこと」の定義もある意味ではどんどん変わっていくのだ。もちろん変わらないこともあるだろうが、変わっていくことに対して無理のあるこだわりを信念として持っているのはいかがなものかということだ。

抽象的な表現になってしまうけれど、今までの自分の考え方にちょっと疑問を投げかけてみる、あるいは当たり前と思っていることをちょっと疑ってみる、というのは決して非生産的なことではないと思う。世の中のすべてがわかっている人などいないのだし、人間、成長すれば考えも変わるのが当たり前と思う。政治家などは自分の過去の発言に足元をすくわれて窮地に陥る場合もあるが、そういうのはちょっと理不尽じゃないかなとも思う。「あなたは何年前にこう言いましたね」なんて責められても、そのときはそう思ったけど今は違うとしか言いようのないこともあるはずだ。むしろ「私は昔からこの主張を変えていません」なんて言う方があやしい場合もある。

ともあれ世の中が変化していくということは、つまり人類自体が今でも発展途上であれこれと模索中だということだと思う。別の言葉でいえば、「これが絶対」なんてことはないってことだ。その中に生きる以上、我々一人一人が日々変化していくのは当然だと思うし、変化を拒むべきではないと思うのである。

 

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