シリコンバレー春夏秋冬

Bioテクノロジージャーナル 2005年5,6月号

 

小さな化合物に戻ろう

 

 昨年は製薬業界にとって厳しいニュースがたくさんありました。特にアメリカでは、多くの医薬品に関して安全性に疑問符がつけられ、大型医薬品の市場からの回収もありました。

現代の医薬品開発において、ターゲット分子に対する特異性あるいは選択性は、重要なファクターです。医薬品のターゲット分子は、多くの場合タンパク質と考えられています。ある病気の原因や進行に深くかかわると考えられるターゲット分子に特異的に作用し、そのターゲットにファミリーやサブタイプが存在する場合でも、そのなかで疾患への関与が大きい特定のものに選択的に作用する化合物を見つければ、切れ味よく副作用の少ない医薬品になるという仮説のもと、新規な構造を有する選択的○○阻害剤といった多くの化合物が開発されてきました。

そのような化合物を見出すためには、初期のスクリーニングにおいて新しいタイプのヒット化合物を見つける必要があります。HTSなどによりできるだけ多くの化合物をスクリーニングしていきますが、実は優れた“薬”であるためには必ずしも“新規な構造”である必要はありません。すでに知られた化合物であっても、よく効いて副作用が少ないものであればいいわけです。しかし製薬企業が“新規な構造”にこだわるのは、それにより知的財産権を独占することが容易になるからです。新薬開発型の製薬企業の場合、いいものを見つけても知的財産権が確保できなければビジネスとして成り立ちませんので、この点で製薬企業を責めることはできません。問題は、“新規な構造”を求めていくと、ついつい分子が大きくなっていきがちなところにあります。

これまでに多くの低分子医薬品が研究開発され、製品になったものもならなかったものも合わせると、その過程で膨大な数の化合物が合成され、論文発表や特許出願がなされてきましたので、構造がシンプルで小さな化合物は掘りつくされたとの感もあります。実際Merck社やPfizer社といった大手で経口剤として臨床開発された化合物の平均分子量は、70年代から90年代にかけて、300台から400台へと増加傾向にあります。1) この理由として、前述の知的財産権の問題に加え、ターゲットに対する特異性、選択性を向上させるために多くの化学修飾を施したことがあります。ところがこれまでに臨床開発された経口剤全体の分子量を調べると、開発ステージの進捗と共に、分子量の平均値が低下しています。2) つまり、分子量の大きな化合物は開発途中でドロップする可能性が高いということで、最終的に認可されるためには分子量は小さい方が有利であることがわかります。

ここからは筆者の想像になりますが、多くの化学修飾を施し分子の構造を複雑にしていくことで、見かけ上ターゲット分子に対する特異性、選択性が向上した化合物が得られるかも知れません。しかしそれはあくまでも、アッセイしているタンパク質パネルの中での結果であり、生体内に存在する数万におよぶタンパク質すべてに対する化合物の作用を確認することはできません。例えばアスピリン等で発現する消化管への副作用を克服できるとして、COX-2選択的阻害剤が開発されました。確かにCOX-1/COX-2の選択性は劇的に向上しましたが、結果的には、頻度は低いものの重篤な心血管系への副作用が発現し、当初期待された“選択性=安全性”の方程式は必ずしも成立していないと言わざるを得ません。

アスピリンに限らず古い薬は分子量も小さく、化学構造も単純なものが多くあります。薬理データとして美しい選択性を誇ることはなくても、古い薬は長年の使用実績により、薬効も安全性も確立されています。たとえ分子量300以下でも、まだまだ新規な化合物は存在するはず。“小さい=安全”と言い切れるわけではありませんが、今後の創薬研究のひとつの方向性として、改めて小さな化合物にこだわってみる価値はあるのではないでしょうか。

 

References

1)      Lipinski, C. A.  J. Pharmacol. Toxicol.  2000, 44, 235.

2)      Wenlock, M. C.  et al.  J. Med. Chem 2003, 46, 1250.

 

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