シリコンバレー春夏秋冬

Bioテクノロジージャーナル 2005年9,10月号

 

あるスタートアップバイオベンチャーの話

 

今回は、私が働いているAnacor Pharmaceuticals(以下Anacor社)という会社についてご紹介したいと思います。シリコンバレーの中心、スタンフォード大学のあるPalo Altoという町にあるこのスタートアップバイオベンチャーは、スタンフォード大学のLucille Shapiro教授とペンシルバニア州立大学Stephen Benkovic教授の二人がファウンダーとなって設立された、新しいタイプの感染症治療薬の開発を目指す、新薬開発型の大学発ベンチャーです。私は20036月からここで働いています。フルタイムの社員はまだ20数名ですが、他に数名のコンサルタント(パートタイムその他の契約ベースで仕事をする人たちの総称としてこの言葉を使います)が常に働いています。それでもこの小さな規模ですから、ベンチワーク、オフィスワークとも多くの仕事を様々な形でアウトソーシングしつつ、会社が運営されています。

1990年代、Shapiro教授が見出したグラム陰性細菌特有の新規薬剤ターゲットに対する阻害剤が、共同研究していたBenkovic教授のラボで合成されました。2001911日のテロ攻撃とそれに続く炭疽菌事件の後、この二人がアメリカの国防総省から促されるような形で、バイオテロ対策も視野に入れた新規抗菌剤の開発を目指してAnacor社が誕生しました。当初はベンチャーキャピタルからの資金の他、国防総省からのグラントも受けて研究を進めていましたが、その後会社の方向性として、研究開発の重心を当初想定していた経口抗菌剤から、塗り薬を中心とした皮膚科領域に移してきています。

会社の設立は2001年暮れですが、実質的に業務が始まったのは2002年からになります。それからわずか3年ほどの間に、ターゲットは感染症という柱は変わらないものの、具体的な研究方針は、その時々の状況に応じて目まぐるしく変わってきていて、このあたりベンチャーの機動性みたいなものを実感します。ただし資金と時間が限られた中で、可能性が低そうなテーマは思い切って切り捨て、よりチャンスのありそうな領域に大胆に注力するというのは、まさに言うは易し行うは難しです。ところがそうこうするうちに、幅広い抗菌活性と抗炎症作用を併せ持つ最初の開発化合物を決定し、にきびの治療薬として今年の第一四半期に、INDFDAに対する臨床試験開始の申請)をファイリングしました。既に臨床試験が進行中ですが、今後同じ化合物で、アトピー性皮膚炎など合計4種類の皮膚科系疾患に対して臨床試験を行う予定です。さらにこの後のパイプラインとして爪真菌症(爪白癬)の局所治療薬が前臨床の段階にあって、これも早期のINDを目指しています。爪は薬剤が浸透しにくいため、有効な塗り薬はほとんどないに等しいのですが、Anacor社では高い爪浸透性と抗真菌活性を有する低分子化合物を見出していて、画期的な新薬になるのではと期待しています。

当初のリード化合物がホウ素原子を含むユニークなものだったことから、その後の合成研究は含ホウ素化合物が中心となりました。ホウ素を含む医薬品はほとんど例がなく、近年Millennium社が開発に成功した抗癌剤(プロテアソーム阻害剤)のベルケードはその数少ない例です。ホウ素化合物の合成技術とそのユニークな化合物ライブラリーは、Anacor社の重要な技術基盤のひとつとなっています。

そういった状況でAnacor社は今年前半、シリーズCファイナンシングで2500万ドル(約26億円)の資金調達に成功しました。この資金で上記2品目の臨床開発をある程度まで進め、その結果次第でさらにその後の資金調達をしていく予定です。とは言ってもこの原稿を書いているのは本誌発売の2ヶ月以上前ですから、本誌が出る頃どうなっているのかは、実は誰にもわからないのがスタートアップベンチャーでもあるのですが・・・。

 

今回ここに書いた内容は、会社のウェブサイトなど公知の情報のみに基づいていますが、あくまで私の個人的な発言であり、Anacor社の公式な見解ではありません。

 

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