10-06

常識の移動

 

言葉の次に必要なことは、私は物理的な人の移動だと考えている。それもあるまとまった数のである。具体的に何人ならいいのかはわからない。確かなことは、現在は明らかに足りないということだ。なぜなら最も親しい国のひとつであるはずのアメリカでさえ、「気心が知れた」状態にはほど遠いからだ。二国間で本当に気心が知れるなどということはあり得ないという意見もあるだろう。それでも私は可能だと思うし、できるかできないかを論じるよりも、そのために努力することの方が重要だと思うのである。所詮みんな地球人、もっと広い意味ではみんな宇宙人ではないか。

人数さえ移動すれば問題が解決するのかどうか、それは正直言ってわからない。ただ思うことは、ひとりの人間が国を超えて移動すれば、そこには1本のパイプができる。1000人が移動すれば1000本のパイプができる。それがさらに増えていってある数になった時、まとまったパイプの中を、ひとりひとりの時には伝わらなかったものが伝わるようになるのではないかということだ。それは相手国の人々の見方、考え方、習慣や常識といったものである。それにより、今までは実際に海外を体験した人たちだけが持ち得たこのような感覚を、最終的には日本国内にいる人々も理解できるようになると思うのだ。現在インターネットがこれだけ発達し、地球上の数え切れないほどの情報が瞬時に得られるようになってきた。しかしインターネットで他国の「情報」は得られるが、「感覚」あるいは「常識」は得られない。それは人の移動によって、実体験による人の感情を介してのみ得られるものだからだ。そして、こういったものの相互移動があって初めて、「気心が知れた」状態に近づけるのではないだろうか。そして相手を知るだけではなく、こちらのことも知ってもらうのだ。その際外国から日本に来てもらうのもいいが、日本人が出ていく方がより現実的なのは明らかだ。もちろん日本ももっと外国人を迎える体制を整え、外国人にも住みやすい国にしていく努力が必要だ。

 

さらにこのような相互理解が深まれば、言語では日本人が譲るとしても、態度では相手が変わるかも知れない。時に傲慢に見えるアメリカ人も日本人と接する時には謙虚さを重視し、日本人的には謝って欲しいケースでは謝ってくれるようになるかも知れない。「もったいない」という概念もわかってくれるかも知れない。接客業の人たちがもっと誠意ある対応をしてくれるようになるかも知れない。逆に日本人が傲慢に思われるのがどういう場合かわかってきて、より良好な関係が築けるかも知れない。私は不可能だとは思わない。どこの国の人だって、相手を思いやる気持は持っている。ただ表現の仕方が異なり、お互いに相手のやり方に対する基本的な理解がなさ過ぎるだけではないだろうか。

 

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